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弊社の歴史

弊社は平成30年3月1日に創業100周年を迎えました。これもひとえに皆様方のご支援とご厚情の賜物と心より感謝申し上げます。今後も地域の皆様がよりよい暮らしができるよう、長年培ってきた技術と知識を生かし、土地づくり・家づくり・街づくりと幅広く貢献してまいります。

先代写真

加藤組 創業者 加藤銀蔵氏
加藤組 創業者_写真
東濃鉄道広見駅
明治28年7月、土岐郡多治見町(現多治見市)に大工の棟梁であった加藤金次氏の長男として生れる。
東京工業大学の前身である東京高等工業高校の夜間に入学。そこで当時としては、最先端技術である西洋建築を習得。
帰郷し東濃鉄道(新多治見~広見間)のすべての駅舎を建設した。
大正7年東濃鉄道開通と同じくして加藤組を創業。その後、東濃鉄道は広見から御嵩まで延長されるがそのすべての駅舎を建設。多治見町立本町小学校(現多治見市立養正小学校)・土岐津町立土岐津小学校(現土岐市立土岐津小学校)・多治見町立高等女学校(現県立多治見高校)など、東濃地方の木造校舎を次々と建設。西洋建築技術を武器に加藤組の基盤を築いた。
株式会社加藤組 取締役会長 加藤良郎氏
株式会社加藤組 取締役会長_写真
良和ビル外観写真
昭和7年10月、加藤銀蔵氏の四男として生れる。
昭和44年、銀蔵氏の死去により後を引き継ぐ。
加藤組を法人改組し株式会社加藤組を設立し、本社ビルを建設。
県内大手の業者とJV(ジョイントベンチャー)を組み、市・県の公共工事を請け負った。
多治見市総合体育館(現TYK体育館)や多治見市産業文化センターは、鴻池組とJVを組んで建設したものである。

これまでの施工風景

大正14年

大正14年当時の施工風景
旧多治見町立高等女学校(現県立多治見高校)木造2階建て、大正14年当時の施工風景です。

昭和5年

昭和5年当時の施工風景
昭和5年当時の施工風景
昭和5年当時の施工風景
多治見町立本町小学校(現多治見市立養正小学校)木造2階建て、昭和5年当時の施工風景です。

災害復旧への取り組み

平成23年9月20日 台風15号による国道248号線水没による災害復旧

◎被害の様子
前日からの降雨により、多治見市内各地区において増水等が発生。周りより低い国道248号線のJR高架下は降雨が溜まり水没しました。
同時間に国道19号線も土砂崩れにより通行止めとなり、多治見市内の幹線道路は寸断されました。
冠水被害の様子
冠水被害の様子
冠水被害の様子
◎復旧作業の様子
弊社の担当である248号線のJR高架下へ15時ごろに出動、通行止めをして溜まった雨水排水のためのポンプを手配・運搬、ポンプによる汲み上げを実施しました。作業完了後、取り残された車両の移動を確認し、道路を清掃して、午前5時ごろ国道248号線を開通させました。
ポンプ汲み上げ
ポンプ汲み上げ
洗浄
洗浄
ポンプ汲み上げ・洗浄完了
ポンプ汲み上げ・洗浄完了
弊社では、地域の皆様へ安心・安全をお届けできるよう、上記のような災害復旧作業も積極的に行っています。

創業100周年 新聞掲載

創業100周年について取材を受けた時の記事です。(平成30年12月14日(金)発行の東濃新報より)
新聞掲載
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